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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)179号 判決 1973年3月23日

控訴人

佐藤邦司

右訴訟代理人

伊志嶺善三

外一名

被控訴人

静岡宇部コンクリート工業株式会社

(旧商号、清水宇部生コンクリート株式会社)

右代表者

椎木巳代治

右訴訟代理人

酒巻弥三郎

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、控訴人が、昭和四五年二月一六日生コンクリートの製造販売を業とする被控訴人会社にコンクリートミキサー車運転手として雇傭されたことは当事者間に争いがない。

ところで、控訴人がその際三か月の試用期間をおいて採用されたかどうかについて争いがあるので、まず、この点を判断する(なお、被控訴人は、控訴人は当初試用期間がおかれていた事実を認めていたのに、その後これを争うに至つたもので、こおの自白の撤回に異議がある旨主張するが、本件記録を調べてみても、控訴人が右のような自白をしたことは認められないから、被控訴人のこの主張は理由がない。)。<証拠>を総合すると、被控訴会社の就業規則第一一条には「従業員は原則として採用の日から三か月以内を試用期間とする。試用期間満了の際会社が適当と認めた者は本採用とする。試採用期間は勤続年数に算入する。」という規定があり、かつ、この就業規則は被控訴会社の全従業員に周知されていたこと、被控訴会社において従業員、特に運転手を新しく雇い入れ者に際しては、三か月の試用期間をおくことを常としていること、控訴人は被控訴会社のした新聞広告に応募したる者であるが、採用についての面接の際、被控訴会社代表者は控訴人に対し、給与その他の労働条件を告げたうえ、三か月の試用期間をおくこと、その間の勤務成績によつて従業員としての適格性があると認めれば本採用することを説明したこと及び控訴人は採用後直ちに掛川工場に配属されたのであるが、数日後同工場に送付されそこで控訴人に交付された辞令(疏乙第五号証)には「試用トシテ採用ス」との記載があることが認められる、<証拠判断省略>。右認定の事実によれば、控訴人は前記昭和四五年二月一六日、三か月間の試用期間をおいて、被控訴会社に雇傭されたことが明らかである。

二、そこで、このような試用期間の定めのある労働契約の性質について考えてみるのに、一般に使用者が労働者を雇傭するに際して、一定期間(二・三か月ないし六か月を通例とする。)の試用期間を置く趣旨は、その間に被用者を実際に働かせてみて、その業務適性、労働能力等をいつそう正確に判断して被用者を引き続き雇傭するかどうかを決定することとする反面において、適格性を欠くと認める者をできる限り容易にかつ速やかに企業から排除することができるようにすることにあるものと認められる。従つて、試用期間の定めのある労働契約は、特段の事情のない限り、その締結の日に期限の定めのない労働契約として成立するが、ただ試用期間中は前記のようなこれを置く趣旨に鑑み、右適格性等の判定に当たつて使用者に就業規則等に定められた解雇事由や解雇手続等に必ずしも拘束されない、いつそう広い裁量判断権(かような広い裁量判断権を含む解雇権)が留保されているものと解するのが相当である。そうして、本件において控訴人は前記のとおリコンクリートミキサー車の運転手として試用期間の存在を承知の上で雇われたものであり、また、本件に現われた全疏明によるも、控訴人との労働契約が右に判断したところと趣旨を異にするものであるとする特段の事情はこれを認めるに足りないから、控訴人と被控訴会社との間の本件試用期間つき労働契約は、前記の趣旨のものというべきである。被控訴会社の就業規期第一一条第二項に前記認定のとおり、会社が適当と認めた者を本採用とする旨の定めがあること及び<証拠>によると、被控訴会社においては、試用期間満了の後本採用になつた者に対して、あらためてその旨の辞令を与える取扱いであることが認められることは、未だ前記の判断を左右するものとは認め難い。従つて、被控訴人の主張のうち、試用期間中の労働契約と、その後の労働契約とが別個のものであることを前提とする部分は理由がない。

そうして、被控訴会社が昭和四五年五月一四日控訴人に対し、控訴人の主張1記載のような(編注・試用期間満了とともに本採用しないから出社に及ばないとの趣旨)本採用を拒否する旨の通告をしたことは当事者間に争いがなく、前記判断に照らして考えれば、これは控訴人との間の労働契約関係を終了させる旨の解雇の意思表示にほかならないと認めるのが相当である。

三控訴人は、本件本採用の拒否(すなわち試用期間中にある控訴人に対する解雇)は権利の濫用である、と主張するので、本採用拒否の理由の有無について判断をする。

1  被控訴人は五月四日の事故が最も重要であると主張しているが、まず、その事実関係について調べてみる。

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は、初めの勤務場所である掛川工場から清水工場に配転された後、昭和四五年五月四日早朝から清水市内の「日本水産」の現場へ、乗務車輛(ハイロ型コンクリートミキサー車、一三号車。)を運転して生コンクリートを運んでいたが、午前一〇時過ぎ頃、右現場で、被控訴会社の清水工場長藤井茂から、控訴人の乗務する車の生コンクリートは不用となつたので工場に帰るよう指示され、生コンクリートを積んだまま午前一一時頃工場に戻り(生コンクリートを積載したまま工場に帰つたことは当事者間に争いがない。)、車庫に車を入れ下車したところ、ほどなくして柴田配車係から、じやまになるので道路に出すよう命ぜられたので、車を工場の外の道路上に止め下車した。

(2) 控訴人は下車後昼食をし、工場の食堂で開かれた賃上げに関する従業員の集会に出席していたところ、午後〇時半頃、控訴人と同様路上に生コンクリートを積んだまま駐車しておいた自車の様子を点検に行つた同僚の木下から、本件車輛のドラム(生コンクリートの容器)内の羽根が止まつていると注意された(同僚から注意された事実は当事者間に争いがない。)。

(3) そこで、控訴人が本件車輛にかけつけてみると、エンジンは回転していたが、羽根の回転が止まつていたので(羽根の回転が止つていたことは当事者間に争いがない。)、そのままではドラム内の生コンクリートが固まることをおそれ、直ちに運転席に上がり、羽根を回転させるスイッチを入れたところ、うなる音がしてまもなく羽根を回転させるためのローラーチェーンが切れた(チェーンが切れた事実は当事者間に争いがない。)。

(4) 控訴人は、前記木下らと共にドラム内に水を入れて生コンクリートを洗い流す等の応急措置をし、事故を聞いて来合わせた藤井工場長に対し謝罪した。

かように認められる<証拠判断省略>。

(二)  つぎに、前記のようにドラム内の羽根の回転が止つた原因について考察する。

<証拠>を総合すると、本件ハイロ型コンクリートミキサー車においては、エンジンの動力が、電磁クラッチ(これがミキサーのスイッチで運転席のハンドルの左側にある。)を入れる(具体的には、上記スイッチを手前に引く。)と、第一プロペラシャフト、第二プロペラシャフト、センターベアリング、第三プロペラシャフト、ミッション、デファレンシアル、ダブルローラーチェーン、ローラーチェーンの順序で伝導され、ローラーチェーンが回転して羽根が回転するが、前記ミッションの部分には棒状のクラッチがあり、車外から動力の伝導を操作できること、従つて、羽根を回転させるには、エンジンを動かし、ミキサースイッチを入れ、前記ミッション部分のクラッチを操作することが必要であり、逆に羽根の回転は上記の三つのうちのいずれか一つの操作(例えばミキサースイッチを向うに押して切る等。)によつて止まること、一旦羽根を回転させれば、停車中でもエンジンを切らず、スイッチを入れたままにし、ミッションを作動させておけば、特に上記の伝導装置に故障がない限り、羽根はそのまま回転を続けること、生コンクリートは時間がたつにつれて水分が失なわれ固くなるため、羽根が廻りにくくなることはあるが、その結果前記スイッチが切れることはないこと及及び本件事故当時本件車輛のエンジンから羽根までの前記伝導系統及びスイッチ等の電気系統には何も異状ないし故障はなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

そうして、本件事故当時エンジンが動いていたことは前記(一)、(3)認定のとおりであり、また前記のとおり伝導系統特にミッシションその他に異常ないし故障がなかつたことからすると、羽根の回転が止まつたのはミキサースイッチが切れたことによるものと一応推認されるところ、前記(一)認定の(3)の事実、即ち控訴人がミキサースイッチを入れたところ、うなる音がして間もなくチェーンが切れたことは、当時スイッチが切れていたことを示すもので、右推認を裏書するものといえる。従つて、羽根の回転が止まつたのは、ミキサースイッチが切れたことによるものというべきである。<証拠判断省略>。

(三)  それでは、どうしてミキサースイッチが切れたのであろうか。

前記(一)、(2)、(3)認定のように、控訴人が、同僚の木下から羽根の回転が止まつていることを告げられ、本件車輛のもとにかけつけ、羽根の回転が止まつていることを認めるや直ちに運転席の前記ミキサースイッチを入れるという行動に出た事実は、控訴人にとつて羽根の回転が止まつた原因について思い当たるふしが、まずもつて上記スイッチであつたことを示すものであるが(因みに、<証拠>によれば、控訴人は相当期間本件車輛に乗務していたことが明らかであるから、本件車輛の運転その他の操作に十分習熟していたものと認められる。)、この事実に、<証拠>によつて明らかな、本件事故直後控訴人は藤井工場長に対し「うつかりしてスイッチを切つて生コンを固めてしまつた。そしてスイッチを入れたらチェーンが切れた。済みません。」と述べて謝罪したこと及び<証拠>によつて明らかな、控訴人は本件において原審で審尋された際、スイッチを切つた旨述べている事実(なお、控訴人は、前記乙第二〇号証の審尋調書の記載は事実に反する旨主張するが、叙上の経緯に照らすと、この調書の記載が事実に反するとは認められないうえに、本件記録によると控訴人においてはこの調書の記載の正確性に異議があると主張してはいるものの、右調書に対し民訴法の規定により異議を述べ或いは更正を申し立てた形跡は認められないから、前記控訴人の本人尋問の結果のうち上記の記載が趣旨を異にするものであるとする部分は措信できない。)、を合せ考えると、前記スイッチが切れたのは、控訴人が前記(一)、(1)のとおりに下車する際、あやまつてこれを切つたためであると認めるべきである。

(四)  なお控訴人は、ローラーチェーンが切れた原因について、被控訴会社において本来本件車輛に付けておくべきシヤーピンを装置しなかつたことによるものである旨主張するが、後に述べるとおり、当裁判所はチェーンの切断という結果の責任を控訴人が負うべきかどうかということは、本件事故を本採用拒否の事由とすることが相当かどうかということを判断する上で、そこまでは判断する必要のないことがらであると考える。従つて、控訴人の前記主張が時機に遅れた攻撃防禦方法と認められるべきかどうかにかかわらず、この点に関する被控訴人の主張はどのみち採用することのできないものである。

(五)  以上のとおりであるから、控訴人は前記のとおり本件車輛から下車する際あやまつてミキサースイッチを切り、ドラム内の羽根の回転を止め、一時間余も放置したため生コンクリートを固めてしまつたうえに、同僚の注意でこの事実を知つた後においても、適切な処置に出ることなく、いきなりミキサーのスイッチを入れるという挙に出たものと認めることができる(被控訴人は、控訴人は当初、下車に際しミキサースイッチを切つたこと及び、その後これを入れたことがその落度に当たることを認めていたのに、後にこれらの事実を争うに至つたもので、これらの自白の撤回には異議があると主張しているが、本件記録を精査しても、控訴人において上記各事実を自白したものとは認められないから、この主張は採用しない。)。

2  そこで上記認定の事実(以下この事実を簡単に本件事故ということがある。)をどう評価すべきかについて判断する。

(一)  生コンクリートは放置しておくと固まることは公知のところであつて、生コンクリートを積載している限りコンクリートミキサー車のドラム内の羽根を常時回転させておくべきことは、いわば職業上の常識であつて、ミキサー車の運転手としては、走行中も、停車して一時車からはなれる場合にも、羽根の回転を止めないよう常に注意を払うべきものであるから、控訴人が本件車輛から下車するに際して、ミキサースイッチを切つたことは、運転手として基本的な注意を欠いたものというほかない。控訴人は被控訴会社の運転手に対する教育訓練が足りなかつた旨主張するが、およそ生コンクリートを積載中にミキサースイッチを切つてドラム内の羽根の回転を止めてはならないことは、特段の教育訓練をしなければならないようなことがらには属しないうえに、前記認定の事実によれば、控訴人は当時被控訴会社においてコンクリートミキサー車の運転を始めて既に三か月近くもたつているのであるから、今更教育訓練を云為してミキサースイッチを切つたことの責任を免れうるものでないことは、いうまでもない。

(二)  次に羽根の回転が止まつているのを発見した場合の措置であるが、前記のように羽根の停止は生コンクリートの凝固に連らなることを考えると、ドラム内の生コンクリートの状態がどうであるか、羽根の回転停止の原因がどこにあるかを確かめず、また上司や同僚に指示等をもとめることもせず、いきなり控訴人のしたようにミキサースイッチを入れることは、これまた不注意のそしりを免れない。控訴人は、ここでも、このような場合どのように処置すべきかについて、被控訴会社から予じめ教育等を受けていなかつた旨主張し、前示控訴人本人尋問の結果果中にはこれにそう部分があるが、運転手としては、まず、前記のような行動に出ることが職業上の常識であることは、原審証人<省略>の各証言中に、それぞれこのような場合にはまず前記のような行動に出るであろうとする部分があることによつても明らかであるから、右本人尋問の結果は、上記の判断を左右しない。その上に、前段でも述べたとおり、当時控訴人はコンクリートミキサー車の運転手として既に三か月近い経験があり、しかも<証拠>によれば、控訴人は昭和四二年八月三級自動車ジーゼルエンジン整備士及び三級自動車シャシ整備士の資格を取得しているのであるから、まず前記のような行動に出るべきことについては、いまさら被控訴会社の教育訓練をまつまでもないというべきである。してみると、控訴人が羽根の回転が止まつていることを認めてからとつた行動も、また、コンクリートミキサー車の運転手として基本的な注意を欠いたものというべきである。

(三)  このように、控訴人が下車に際してスイッチを切つたことも、また羽根の回転が停止しているのを認めてからの処置を誤つたことも、ともにその甚しい不注意であると認められる以上、控訴人はこの点においてすでにコンクリートミキサー車の運転手としての能力及び適格性に欠けるところがあると一応いわざるを得ず、前述のように試用期間中にある被用者の業務適格性の判定について使用者に広い裁量・判断権が留保されていることに鑑みれば、なおさら、被控訴会社が右二つの点で控訴人に業務適格性がないと判断したことが不相当であるとは到底いいえないもの認めざるをえない。そうだとすると、上記の不注意のため更にどのような結果が生じたのか、或いは被控訴人会社に対してどのような実害が生じたのかは、本件においてはもはやせんさくする必要がないことになるから、ローラーチェーンの切断が、スイッチを入れた直接の結果であるか及び本件事故による会社の被害がいくばくであるかについては、特に立ち入つて判断をしない。

(四)  控訴人は、被控訴人も当初は上記の事故を重大視していなかつたとして種々主張する。まず、被控訴人会社が、本件事故後その原因等について特段の調査をしていない点であるが、この事実は当事者間に争いがないけれども、前記認定のとおり、事故直後控訴人が、その原因をも含めて自己の責任を認めていたことからすると、特に調査を必要とする場合であるとも認められないのである。つぎに、始末書を徴しなかつた点についてであるが、この事実も当事者間に争いがないところ、前顕疏乙第七号証(就業規則)によると、始末書は、解雇に至らない懲戒の場合に、その方法として徴されるものであることが明らかであるのに、本件においてかような懲戒がなされたことを認めるに足る証拠はないから、この事実を以て、被控訴会社が本件事故を重視していなかつたことの現われとみることができないことは、いうまでもないところである。最後に、被控訴人会社は本件事故後も一〇日余り控訴人をそのまま働かせたとの点であるが、この事実も当事者間に争いがないところ、<証拠>によると、これは当事被控訴会社としては、すでに控訴人の試用期間の終了もせまつていたので、控訴人の進退はその際決定すれば足りると考えていたことによるものと認められるので、これまた被控訴会社が本件事故を重視していなかつたことの証左とみることのできないものである。控訴人は、また被控訴人会社は五月分の無事故手当を支払つたと主張し、<証拠>にはこれにそうかのような記載があるが、<証拠>によると、右は五月分の無事故手当ではないことが明らかであり、他に右事実を認めるに足る疏明はない。してみると、控訴人主張の各事実を以て被控訴会社が控訴人の本件事故を重大視していなかつたものとはいえないし、他に控訴人のこの主張を肯認できるような的確な疎明はない。

(五)  控訴人は、更に、本件本採用の拒否は従前の被控訴会社の従業員に対する処置に比して均衡を失すると主張する。なるほど<証拠>によると試用期間中に脇見運転をして追突事故を起した運転手が本採用を拒まれなかつたことが認められるけれども、この事実と控訴人の本件事故とは事案の性格を異にするから、この例を以て本件本採用拒否が不当であるということにはならない。しかも、<証拠>によれば、被控訴会社においては試用期間中はもとより本採用になつてからでも事故(主として交通事故)を起した運転手に対しては、事実が重大であるときは勧告のうえ任意退職させるのを常としていることが認められるから、既に認定したような本件事故の性質に、被控訴人が控訴人に対し本採用を拒否したのは、後述のように、控訴人が任意退職の勧告を拒否したことによるものであることを合せ考えると、本件本採用の拒否が均衡を失しているという主張はあたらない。

3  更にその後の経緯について判断する。

<証拠>を総合すると、被控訴会社は昭和四五年四月末から五月初めの頃、資材商として出入りしている青木から控訴人が前に静岡市内の三協運輸株式会社に勤めていた者であると知らされ、そのことが採用にあたり控訴人の提出した履歴書に記載されていないところから、控訴人の経歴について疑いを持つに至つていたところ、同月五日過ぎ頃被控訴会社代表者と伊東取締役は静岡市に赴き、前記三協運輸株式会社と資本系列を同じくする三共水産株式会社を訪れ、同社の役員から三協運輸株式会社の従業員であつた小柳を紹介され、同人について控訴人の経歴を調査した結果、前記履歴書に昭和四二年八月から昭和四四年一二月までは自家用トラックの運転手であると記載しているのはいつわりで、実は昭和四一年八月から昭和四四年一一月頃まで前記三協運輸株式会社及びその後身である豊永興業株式会社に雇傭されていたこと(なお上記経歴詐称の事実は当事者間に争いがない。)が判明したこと、前記認定のように被控訴会社は控訴人の前記事故による進退の決定を三か月の試用期間が満了する際決定する心算であつたところ、右のような経歴詐称も判明したことから、控訴人を本採用とすることをせず試用期間の満了する日に解雇することとしたこと、そこで従前の慣例に従い、まず控訴人に対し任意退職を勧告することとし、同月一二日頃控訴人を呼び寄せ、被控訴会社代表者において本件事故の事実を挙げて、このような事情がある以上本採用にはできないので退職してはどうかと勧めたところ、控訴人はかえつて退職を勧める理由はそれだけかと反問し、前記代表者において経歴詐称の事実もあると告げたが、結局控訴人は上記勧告に応じなかつたこと、そこで被控訴会社は控訴人に対し、同月一四日前記二認定のような本採用拒否の通告をし、その際あわせて三〇日分の賃金を解雇予告手当として支払うので取りに来るよう通知したが、控訴人が取りに来なかつたので後にこれを供託したことが認められ、これに反する疏明はない。

4  以上を総合して考えてみるのに、被控訴人は昭和四五年五月一四日、当時試用期間中にあつた控訴人に対し本件事故及び経歴詐称を理由として、本採用拒否すなわち解雇の意思表示をしたものであるが、前記2において判断したとおり、控訴人は、試用期間中にある者として、本件事故を惹起したことだけで、すでに、コンクリートミキサー車の運転手として能力及び適格性を欠くとの評価を受けることはやむをえないところであり、控訴人に対する本件採用の拒否すなわち解雇の意思表示は、正当の事由に基づくものといわざるをえず、また、解雇の手続の上でも、不当の点はないものというべきである。従つて、控訴人に対する本採用の拒否、すなわち解雇の意思表示が権利の濫用であるとの控訴人の主張は、採用できない。

四、控訴人は、更に、控訴人に対する本採用拒否は、労組法第七条第一号の不当労働行為に当たるから無効であり、また、控訴人の思想・信条を理由とするものであるから憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条に違反すると主張する(被控訴人は、控訴人の右主張のうち後段は、時機に遅れたものであるから却下を求めると主張するが、本訴の審理の経緯に鑑みると、未だ時機に遅れたものとは認められないから、右の主張は採用しない。)。

1  <証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、<証拠判断省略>

(一)  控訴人は、従前から全自運に加盟し(因みに全自運は個人加盟を原則とする。)、前記のとおり静岡市の三協運輸株式会社に勤務していたが、昭和四四年八月頃、右会社が企業を閉鎖し全従業員を解雇しようとしたことから争議が起こり、控訴人は全自動運静岡地方本部三協運輸分会の執行委員長としてこれにあたつた。右争議は相当長期に及ぶものであつたが、静岡市内のことであり、また同会社が小企業であつたこともあつて、清水市に本社をおく被控訴会社の役員等の関心をひくものではなかつた。

(二)  昭和四五年五月四日夕刻、同日昼休みの集会に続いて従業員の集会が開かれ、社長をはじめ使用者側関係者が出席して、同年春のべースアップについて話合いがなされたが(以上のうち夕刻集会が開かれたことと前記会社関係者が出席したことは当事者間に争いがない。)、その席上控訴人が社長に対して会社側の提案した平均七、〇〇〇円ということの意味を問いただす質問をした。

(三)  翌五月五日伊東取締役と藤井工場長は、会社の応接室に運転手等従業員を個々に呼び、前夜のべースアップに関する各自の意見を徴したが、その際二、三の者に控訴人の人物・性向等に関する質問をした。

(四)  被控訴人会社の社長と伊東取締役は前記三、3のとおりの経過で、同月五日過ぎ頃、そろつて静岡市に出、三共水産株式会社において小柳にあい、三協運輸株式会社に在職当時における控訴人の勤務ぶりその他諸般の事情を調査した。

(五)  控訴人は、前記のとおり全自運に加盟していたが、被控訴会社在職当時は、試用期間中でもあつたので、被控訴人会社の従業員を組織して組合を結成しようとするとか、全自運のため活動するとか等の組合活動として被控訴会社の注目を惹くような言動をしたことはなく、その他社内に組合結成の動きとして被控訴会社から懲戒を以て見られるような現象も見受けられなかつた。なお、被控訴会社に全自運清水市部分会として、組合が発足するに至つたのは、控訴人が本採用を拒否された後である同年五月一五日、六日のことであつて、しかも、その当座は、組合結成の事実も組合員各自の活動も非公然と称して他に秘匿されていたものである。

(六)  被控訴会社の社長、伊東取締役等は、全自運という組織があること、全自運が静岡県下においても諸種の活動を行なつていることは知つていたが、被控訴人会社の清水工場には労働組合がなかつたし、当時その結成の動きもなかつたので、上記の者らは全自運の活動等については、直接、自社に関する問題として差し迫つて関心を持つていたわけではなかつた。

控訴人は、被控訴人会社の吉沢工務課長、宮原車輛主任等が従業員に対し、控訴人の本採用の拒否の理由は三協運輸株式会社等における組合活動が理由であり、会社は近いうちに控訴人が中心になることを恐れている旨述べ、また宮原主任は控訴人に対し、今後組合活動を一切しないという一礼を書けば止めさせられないよう頼んでやると言つたと主張し、また、会社側関係者は本採用拒否の理由として控訴人の経歴詐称を強調した旨主張し、<証拠>には、これにそう部分もあるけれども、これらは<証拠>と対比して考えると、未だ前記主張事実を肯認するには十分ではなく、他にこれらの主張事実を認めるに足りる的確な疏明はない。また、控訴人は被控訴会社は全自運の活動を知悉しこれを嫌悪していたとも主張するが、本件に現われたすべての資料によるも、この点につき前記(六)以上の事実を認めることは困難である。

2  以上1に認定した事実から推して、被控訴会社の社長及び伊東取締役が前記五月五日過ぎの頃、三共水産株式会社において小柳に会つた際、三協運輸株式会社在職当時の控訴人の組合活動について或る程度聞き知つたものと推認せざるをえない。しかし、前記1の(五)において認定したように、当時、控訴人は、組合活動として特に被控訴会社から注目されるような言動をしておらず、社内に組合結成の動きとして被控訴人会社から警戒の目を以て見られるような動きも見受けられず、またーの(六)で認定したように当時被控訴会社の役員らも全自運の活動を直接自社に関する問題として差し迫つた関心を持つていなかつたのに引きかえ、前記三おいて縷説したとおり、控訴人には試用期間中のものとして本採用を拒否されても、(即ち試用期間中に解雇されても)止むを得ないとされるような事由があることを考えると、本件本採用拒否が控訴人の組合活動を原因としてなされたものであると認めることは困難であり、少くとも、控訴人の組合活動の前歴その他組合活動を嫌忌したことが本採用拒否の決定的理由となつたものとは到底、認めることはできない。従つて、控訴人に対する本採用の拒否が不当労働行為に当たるとの控訴人の主張は採用できない。また控訴人に対する本採用の拒否は、試用期間中の者として本採用を拒否されてもやむをえないと認められる事由(すなわち本件事故)により、控訴人が能力、適格性を欠くと判断されたことによるもの認められることは、すでに認定したとおりであるから、本採用の拒否が憲法第一四条、第一九条、労基法第三条に違反するとの控訴人の主張も理由のないものである。

五叙上のとおり被控訴人のした本件本採用の拒否が無効であるという控訴人の主張は遂にこれを認めることができないから、控訴人の本件仮処処分の申請は結局被保全権利について疏明を欠くものである。そうして、事案の性質上保証を以てこの疏明の欠缺にかえることは相当ではないから、本件仮処分申請は理由がなく却下を免れない。

従つて、これと結論を同じくする原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法第三八四条によりこれを棄却し、なお控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石健三 川上泉 間中彦次)

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